天鉄局NB運転区

国鉄天王寺鉄道管理局で活躍した車両の話題を中心に、鉄道模型(Nゲージ)とBトレインの話題なども記してゆきます。

キハ58系列

KATOから急行形気動車の決定版、キハ58のリニューアルがアナウンスされました。

www.katomodels.com

 

天鉄局としてはどうしても入線させたい車種でして、旧製品を見つけ出そうかと思案していたところですので、おとなしく発売を待つことにします。

旧製品も比較的ディテールに遜色はなかったように記憶していますが、リニューアル品はジャンパー線の表現など、格段にグレードが上がっているようですからね。

ところで気になるのは車番。
KATOからアナウンスされているのは、セットと単品で、それぞれ車番違い。

各車天鉄局との関係を検討してみましょう。

4両セット 10-1464
キハ58 670
キハ58 697
キロ28 2160
キハ28 2360

単品
キハ58 668
キハ58 676
キハ28 2395
キロ28 2163
キハ65 10

 

・・・結論は、いずれも和歌山機関区への配属はありませんでした orz
ただ、ディテール的には問題なさそうですから、入線は確定です。

各車の履歴については、おいおいと調べてみましょう。

クイックHMをつくる

めちゃくちゃ昔に、KATOのクイックヘッドマーク非対応の機関車を対応させる改造を掲載しました。

ef5866.hateblo.jp

ef5866.hateblo.jp

軽く2年ほど前の記事ですね。

 

で、今回は車両の対応ではなく、HMそのものをつくるという作業です。

HMの図案からつくるという作業が本来なら必要なのでしょうが、今回はこれを使います。

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大昔にKATOから出ていた「トレインマーク」です。そしてそれで作ったヘッドマーク
当区にん10年も前から所属していた車両はこのHMを両面テープで貼り付けていました。
これらをマグネット式にしてしまおうというのが今回の作業。

材料として購入してきたのがこちら。

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磁石にくっついてくれる薄い金属としてホームセンターで売っていたのが0.16mm厚のトタン。そしてそれをHMサイズにくりぬくためにパンチ。

HMサイズならば4.0mmか4.5mmを使うのですが、今回は既にあるHMのマグネット対応も行うのであわせて2.0mmもくりぬきます。

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思ったよりも曲がって出てくるので、これらを平らにして、HM台座の裏に貼り付け。
実は台座の裏には凹凸があるので、古いHMは両面テープを取り除く際にこの凹凸ごと切除して4.0mmを貼り付け。未使用の台座はこの凹んだ部分にトタンを接着するので2.0mmを使用します。

そうして作成したHMを取り付けてミニ撮影会です。

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ちょっとわかりにくいかもしれませんが、左から

はつかり EF58 35

あき EF58 53

踊り子 EF58 61

紀伊 EF58 1

ゆうづる EF58 100

といった具合です。

実際にゴハチが(HMをつけて)牽引したかどうかはこの際問いません(笑

本日の入線(EF58)

一体お前は何両のEF58を所有しているのだ?
と言われるほど多数のEF58を所有していますが、今日もまた1両入線しました(汗

今回入手したのはKATOの「3020-7EF58初期形小窓特急色」という見だして出品されていたオク回送品。
でもその実は「3049EF58後期形小窓Hゴム」だったりします。

出品時の写真を見たときから、先台車の握り棒に接着剤の跡があったり、ナンバープレートの取付が雑そうという印象はありましたが、自前でリカバリーできそうだったので落札、入線という運びに。

で、実は既に3049は3両ほどありますのでちょっといじってみました。

その結果がこの写真。

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はい、わかる人にはわかりますね。

実は手元に3020-7のボディが1両分ありまして、都合その前面窓と交換しました。

これでHゴム窓が原型小窓に早変わり。

3049をベースにしていますから側面はビニロックフィルターということで、関西方面で活躍した原型小窓機が再現できる状況にしました。

といってもよくわからない方のために、オリジナルの3049と並べてみました。

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左が3049小窓Hゴム、右が3049改の原型小窓です。
(あっ、右の握り棒が曲がっているのは気にしない方向で・・・)

さて、問題は原型小窓の何号機にしようかということですが、牽引する客車の手持ちと考えて、宮原区で活躍した100号機にしようかと。

100号機にすれば、当方手持ちの20系銀河編成とかサロンカーなにわの牽引が可能です。

米原区の113号機もよいのですが、そうするとやはりワイパーカバーの表現をしたくなりますからね・・・。
牽かせるハコも適当なのがないですし(苦笑

 

ちなみに、たくさんあるEF58は徐々に紹介してゆきます。

KATO 殿様あさかぜ の車番を検証する

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先日、銀河に充当された20系客車の車番を検証しました。

そうすると気になるのが、当鉄道所属のもう1つの20系編成、いわゆる「殿様あさかぜ」の車番。

KATOからセットで発売されており、全車車番違いになっているので検証済みと思いきや、実はそうではないのがこのセット。

まずはKATOの
10-1321 20系寝台特急「あさかぜ」8両基本セット
10-1322 20系寝台特急「あさかぜ」7両増結セット
に入っている車両を、KATOの編成例のあわせて下り列車先頭からみてみましょう。
ちなみに当方所有のこの編成は
20系客車の基本セット+単品+あさかぜ増結セット
という組み合わせなので、上記車両とは異なります。それらは参考のため右側括弧に表記しておきます。(参考になるのかは不明ですが・・・)

 電 カニ21-10(カニ21-11)
 1 ナロネ20-2(ナロネ20-1)
 2 ナロネ22-153
 3 ナロネ22-151
 4 ナロネ22-103
 5 ナロネ21-129
 6 ナハネ20-246
 7 ナロ20-5(ナロ20-2)
 8 ナシ20-5(ナシ20-52)
 9 ナハネ20-116
10 ナハネ20-307
11 ナハネ20-202
12 ナハネ20-91(ナハネ20-231)
13 ナハネ20-220(ナハネ20-81)
14 ナハネフ22-16(ナハネフ22-7)

一応、当方の組み合わせでも全車車番違いとはしていますが、さて・・・。

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急行銀河の編成変遷

急行列車ながら、最初に20系寝台車が導入された、名列車「銀河」

20系に切り替わる直前の10系時代からの編成の遍歴をまとめ中です。

勿論、模型化資料として。

詳しくは下記リンクから(暫定公開)

寝台急行 銀河

 

現在手持ち車両では

10系時代末期の銀河

20系時代の銀河

24系時代末期(廃止直前の銀河):現在組成中

の3編成と、通常は「さくら」および「出雲・紀伊」として組成している14系寝台を組み替えることによって14系時代の銀河の再現が可能です。

24系末期は100番代も使用されていますが、投入初期は0番代のみで組成されていましたので、そちらの編成も将来的には組みたいなと。
(最もKATOから25形0番代のハネが出ていないので現在は組成できませんが・・・)

20系時代の銀河を再現する

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銀河に20系客車が充当されたのは昭和51年2月20日から昭和60年3月13日までの約10年間。
この10年余の期間に銀河を受け持つ宮原客車区の20系車両に移動がありますし、牽引機の変更もありました。また、20系登用当初は「急行」だったテールマークの表示も、絵入りの「銀河」に変化しています。

これらの変化を時系列にして整理すると、次のようになります。

 

昭和51年2月20日 銀河に20系登用(牽引は宮原のEF58)
昭和55年9月   銀河に絵入りのテールマーク使用
昭和55年10月1日 ダイヤ改正:牽引機がEF58→EF65PFに変更
昭和60年3月14日 銀河に14系寝台登用

 

銀河に絵入りテールマークを使用するのは一応昭和55年のダイヤ改正からということだったようですが、この改正では牽引機がEF58からEF65PFに変更されるということもあったからなのか、実際には9月には絵入りテールマークが使用されている写真が確認できます。
(私が確認できている最も早い記録は昭和55年9月2日の写真があります)

さて、この期間のどの列車も再現できるようにと考えると、一体各車両どの番号が宮原区に在籍していたのかという情報が必要になってきます。


銀河の20系運用開始時の宮原区20系車両(昭和51年2月20日現在)
ナロネ21:121,126,128,130
ナハネ20:39,40,43,102,105,120,121,122,124,139
     142,205,227,228,229,230,232,233,234,235
     236,304
ナハネフ22:6,15,16
ナハネフ23:2,15,16
カヤ21:7,8,17,19

銀河の20系運用終了時の宮原区20系車両(昭和60年3月14日現在)
ナロネ21:126,130,133,147
ナハネ20:102,105,121,139,142,216,219,227,228,229
     230,233,234,236,238,239,241,242,247,301
     302,304,305,306,312,332,338,359,360,361
     362,1340,1341,1342,1357,2232,2235,2245,2358
ナハネフ22:14,15,16,17,25,26,1002,1023
ナハネフ23:2,3,4,15,16,1009,1010
ナハ20:9,10,11,12,13,14,15,16
カヤ21:8,11,15,16,17,122
*ナハネ20,ナハネフ22,ナハネフ23の1000番代、ナハネ20の2000番代は「ちくま」用、ナハ20は「だいせん」

 

20系銀河運用開始当初は宮原区の20系は全車「銀河」用でしたが、昭和53年から「ちくま」「だいせん」も20系化され、宮原区の受け持ちとなります。
ナロネは銀河、ナハはだいせん、12系併結改造をされた1000番代・2000番代はちくまにのみ使用されましたが、それ以外の車両が共通ですので、可能性だけ言うならば3列車に使用されたと考えられます。

この期間に出戻りの車両はありませんので、単純に昭和51年と昭和60年の両方に在籍が見える車両を選択すれば良いということになります。

で、両者を照合した結果
ナロネ21:126,130
ナハネ20:102,105,121,139,142227228229230233
     234236304
ナハネフ22:15,16
ナハネフ23:2,15,16
カヤ21:8,17,19
で組み立てれば、20系銀河のどの時代を通じても使用されていた車両ということになります。

20系銀河の編成はこの10年余の間変化はなく
カヤ21-ナロネ21-ナハネ20×4-ナハネフ23-ナハネ20×5-ナハネフ23
というのが基本的な編成だったようです。ナハネ20が9両必要ですが、期間を通じて在籍していたナハネ20は全部で13両ありますから問題ありません。

という訳で、手持ちの20系銀河用車両はこの車番に変更することとします。

殿様あさかぜの変遷

俗に「殿様あさかぜ」と呼ばれた列車があります。

20系化された最初の列車が「あさかぜ」でしたが、その20系客車にはナロネ20という個室寝台車が存在していました。

ナロネ20は20系客車登場の昭和33年に3両のみ製造された1人用・2人用個室寝台車です。
20系寝台車がそれまでの寝台車と一線を画して「走るホテル」と呼ばれたその象徴的車両と言われています。

20系にはナロネ20の他に2形式の一等寝台車(後のA寝台車)が存在します。
ナロネ21はプルマン式の開放寝台車。線路方向に区画が設けられた寝台車で、20系登場の昭和33年から59両が製造されました。
ナロネ22は昭和34年の「さくら」の20系化に際して登場した、1人用個室と開放式寝台の合造車です。わずか8両の製造でした。

今でこそ寝台特急ではB寝台(昔の2等寝台)でも個室は当たり前となっていますが(というか電車寝台の285系以外現在は運行されていませんが、寝台特急晩年の各列車にはA寝台の個室は当たり前で、B寝台でも個室がありました・・・)、ナロネ20とナロネ22以降は、昭和51年に24系25形のナロネ25が登場するまでは個室寝台車は1等寝台(A寝台)にも存在しませんでした。
そして、この間「あさかぜ」にだけはずっと個室寝台車が連結されていたのです。

ちなみに「あさかぜ」は最大で3往復の定期列車運用がされていました。さすがに3往復全てに個室寝台が連結されていたわけではなく、その個室寝台を連結した「あさかぜ」を区別して「殿様あさかぜ」という呼び名が生まれたのでしょう。

そんな寝台特急「あさかぜ」(2往復以上運行されていた時期は 個室寝台車が最も多く連結されていた ”殿様あさかぜ” )の変遷を見てみます。

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