天鉄局NB運転区

国鉄天王寺鉄道管理局で活躍した車両の話題を中心に、鉄道模型(Nゲージ)とBトレインの話題なども記してゆきます。

20系時代の銀河を再現する

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銀河に20系客車が充当されたのは昭和51年2月20日から昭和60年3月13日までの約10年間。
この10年余の期間に銀河を受け持つ宮原客車区の20系車両に移動がありますし、牽引機の変更もありました。また、20系登用当初は「急行」だったテールマークの表示も、絵入りの「銀河」に変化しています。

これらの変化を時系列にして整理すると、次のようになります。

 

昭和51年2月20日 銀河に20系登用(牽引は宮原のEF58)
昭和55年9月   銀河に絵入りのテールマーク使用
昭和55年10月1日 ダイヤ改正:牽引機がEF58→EF65PFに変更
昭和60年3月14日 銀河に14系寝台登用

 

銀河に絵入りテールマークを使用するのは一応昭和55年のダイヤ改正からということだったようですが、この改正では牽引機がEF58からEF65PFに変更されるということもあったからなのか、実際には9月には絵入りテールマークが使用されている写真が確認できます。
(私が確認できている最も早い記録は昭和55年9月2日の写真があります)

さて、この期間のどの列車も再現できるようにと考えると、一体各車両どの番号が宮原区に在籍していたのかという情報が必要になってきます。


銀河の20系運用開始時の宮原区20系車両(昭和51年2月20日現在)
ナロネ21:121,126,128,130
ナハネ20:39,40,43,102,105,120,121,122,124,139
     142,205,227,228,229,230,232,233,234,235
     236,304
ナハネフ22:6,15,16
ナハネフ23:2,15,16
カヤ21:7,8,17,19

銀河の20系運用終了時の宮原区20系車両(昭和60年3月14日現在)
ナロネ21:126,130,133,147
ナハネ20:102,105,121,139,142,216,219,227,228,229
     230,233,234,236,238,239,241,242,247,301
     302,304,305,306,312,332,338,359,360,361
     362,1340,1341,1342,1357,2232,2235,2245,2358
ナハネフ22:14,15,16,17,25,26,1002,1023
ナハネフ23:2,3,4,15,16,1009,1010
ナハ20:9,10,11,12,13,14,15,16
カヤ21:8,11,15,16,17,122
*ナハネ20,ナハネフ22,ナハネフ23の1000番代、ナハネ20の2000番代は「ちくま」用、ナハ20は「だいせん」

 

20系銀河運用開始当初は宮原区の20系は全車「銀河」用でしたが、昭和53年から「ちくま」「だいせん」も20系化され、宮原区の受け持ちとなります。
ナロネは銀河、ナハはだいせん、12系併結改造をされた1000番代・2000番代はちくまにのみ使用されましたが、それ以外の車両が共通ですので、可能性だけ言うならば3列車に使用されたと考えられます。

この期間に出戻りの車両はありませんので、単純に昭和51年と昭和60年の両方に在籍が見える車両を選択すれば良いということになります。

で、両者を照合した結果
ナロネ21:126,130
ナハネ20:102,105,121,139,142227228229230233
     234236304
ナハネフ22:15,16
ナハネフ23:2,15,16
カヤ21:8,17,19
で組み立てれば、20系銀河のどの時代を通じても使用されていた車両ということになります。

20系銀河の編成はこの10年余の間変化はなく
カヤ21-ナロネ21-ナハネ20×4-ナハネフ23-ナハネ20×5-ナハネフ23
というのが基本的な編成だったようです。ナハネ20が9両必要ですが、期間を通じて在籍していたナハネ20は全部で13両ありますから問題ありません。

という訳で、手持ちの20系銀河用車両はこの車番に変更することとします。