ちょっと出雲へ行ってきました。
今更かもしれませんが、新型「やくも」初乗車。

行程の都合、ちゃんとした写真が撮れず。
ただ、2編成併結列車でしたので、その貴重な場面はしっかりと抑えました。

川跡駅では バタデン の交換風景を。
この新型車両も初めてお目にかかりました。

で、お約束の デハニ。
随分と外装が傷んでいました・・・。
今回は他の皆様との団体行動ゆえに、旧国鉄大社駅には訪問できず。
D51 が 気になっております。
ちょっと出雲へ行ってきました。
今更かもしれませんが、新型「やくも」初乗車。

行程の都合、ちゃんとした写真が撮れず。
ただ、2編成併結列車でしたので、その貴重な場面はしっかりと抑えました。

川跡駅では バタデン の交換風景を。
この新型車両も初めてお目にかかりました。

で、お約束の デハニ。
随分と外装が傷んでいました・・・。
今回は他の皆様との団体行動ゆえに、旧国鉄大社駅には訪問できず。
D51 が 気になっております。
少し前のお話ですが、少しばかりの加工をしまたので・・・。
KATOから発売されている 103系 です。
こっちの、ライト非点灯のものではなくて、
こっちの、ライトが点灯する方です。
(加工したのは非ATC車)
再販の際に、LEDライトユニットと、そのハウジングなどをセットにした、電球だった旧製品の LED化 ユニットが発売されたのを購入して、死蔵していました。
発掘されたこのパーツを用いた LED化 作業です。

中に入っていたのは こういったパーツ郡。
LEDユニットの他に、薄緑色のハウジングとテールランプレンズがそれぞれ2組。
元の製品のハウジングはグレーなので、運転室回りの実感度も上がります。

行先や運用番号のシールも貼って「鳳」行の普通電車に仕立てました。


先日投稿した「もしも201系が阪和線に配属されたら」模型ですが、車番などを変更するため、実際に起こるとしたらを考えたいと思います。
阪和線には結局201系が配属されたことはありませんが、205系は京阪神緩行線で運用された後阪和線に配属されましたから、それを例にして考えたいと思います。
まずは京阪神緩行線に配属された201系を確認。C1~C32まで7両編成×32本が高槻電車区に配属されます。昭和57年度に10本、昭和58年度に13本、昭和59年度に9本です。このうち、昭和59年度導入分は「軽装車」と通称される車両になります。昭和61年のダイヤ改正で全車明石電車区に転属となります。
1994年(平成6年)のダイヤ改正で207系1000番台が緩行線に投入され運用を開始し、緩行線から103系は撤退します。
1995年(平成7年)の阪神淡路大震災の後、輸送力の増強のために7両編成を6両編成と8両編成に組み換え、6両編成は2編成を併結した12両編成として運用を開始します。この変則編成は同年の3月末で終了し、再び元の7両編成に組み換えが行われました。
2003年(平成15年)からは103系の体質改善工事施工車に倣い201系にも体質改善工事が施され、2008年(平成20年)には全車の工事が完了します。
2005年(平成17年)に321系が投入されると、緩行線の201系は体質改善工事が施工されていない車齢の高い103系を置き換えるために緩行線から転出します。転出先での運用から8両・6両・4両への組み換えが検討されますが、最終的に8両編成と6両編成の一部を大阪環状線に、残りの6両編成を大和路線に転用することになりました。(後に、6両編成は全て大和路線に配属されます)
321系の導入により緩行線から201系が撤退したタイミングで阪和線に配属されたという時間軸で考えたいと思います。
この時点で、大阪環状線(森ノ宮)、大和路線(奈良)、阪和線(日根野)に所属する103系の在籍編成数は下記表の通りです。
| 電車区 | 8両編成 | 6両編成 | 4両編成 | 3両編成 |
|---|---|---|---|---|
| 森ノ宮 | 29編成 | 4編成 | ||
| 奈良 | 14編成 | 17編成 | ||
| 日根野 | 1編成 | 11編成 | 24編成 | 1編成 |
阪和線には1994年(平成6年)から223系が運用を開始していて、当初は6両+2両の8両編成で運用されていましたが、1999年(平成11年)には5両+3両(各9本)に組み換えられています。現在のような4両+4両になるのは2008年(平成20年)のことです。但しこの時期は223系の日根野以南への乗り入れはほぼ無く、103系で運用されている状況でした。
この3路線には7両編成運用はありませんので編成の組み換えが必須となります。全32編成ですから一番効率が良いのは8両・6両共に16編成とすること。つまりサハを抜く編成とサハを加える編成で車両のやりくりをすることです。もしくは8両・6両・4両と組み替えて、8両は4M4Tもしくは6M2Tとすることですかね。あとは余剰車が発生します。(中間車の先頭車改造は考えないものとする)
8両編成は16本しか組成できませんから、環状線の29編成を置き換えることはできません。
結局奈良電車区の全21編成(6両・4両)と阪和線の6両の11編成全てを201系に置き換える方策がとられたと、仮定することにしました。
大阪環状線の車両置き換えは103系のN40体質更新車を中心に行うことで延命とし、2013年(平成25年)に発表されることになる「大阪環状線改造プロジェクト」の構想が既に始動しており、新型車両の導入が近い将来行われる予定であると位置づけることにします。

阪和線の201系6両は、輸送力増強のため程なく余剰のサハやMM’ ユニットを追加して8両化されたとしておきましょう。
こうした背景から、201系が阪和線に配属された、なんて妄想をしてみました。
阪和線で現在活躍している快速列車、普通列車の車両は223系(0番台・2500番台、225系)と225系(5000番台・5100番台)ですが、これらが投入されるまでは103系と205系(0番台・1000番台)が活躍していました。
103系は全国的に配置された通勤型電車ですが、205系は首都圏が中心で関西地区は少数が所属したのみです。同様に関西地区に少数が配置された通勤型電車として201系がありますが、こちらは京阪神緩行線、大阪環状線、大和路線では活躍しましたが阪和線では運用されることはありませんでした。
とはいえ模型の世界は自由なので、阪和線でも201系が運用されたと仮定して1編成を導入しました。

ただ、導入した201系は関東仕様なので、小加工をして阪和線を表現します。
1つはスカート。JR西日本型のスカートを入手して取り付けます。
ASSYパーツとして分売があるようですが在庫切れのようなのでオークションで入手。
取り付けはゴム系接着剤かなと思いましたが、無加工で取り付けられるようになっていたので助かりました。

スカートを取り付けただけでは京阪神緩行線の車両にも見えますので、ここは阪和線仕様の決め手が必要です。
こんなものを活用することにしました。

そのまま使える適切なものはないので、細かい作業をして加工。

上から3段目、「A25」と「区間快速|天王寺」を作成しました。
これを201系に取り付けます。

車両を分解します。前面ガラスは外せて、運用番号や行先表示のある部分には下地となる部分があるので、そこに貼りました。
貼り上がりはこちら。

無事に、区間快速天王寺行きの201系が誕生しました。
所属表記が「千ケヨ」になっていますが、これはいずれ変更します。

加工前のクハ(左)と比べるとこんな感じ。
随分と雰囲気が変わりますね。
今更感がない訳ではありませんが、先日こちらが入線しました。
何両導入したかというと・・・

オハとスハフ各1両。
予算都合とかではなく、これで編成が成り立ちます。
実は旧製品の14系が8両ほどあります。
それは波動用としてなので、そちらとの併結という訳でもありません。
今回は、これの再現用としての導入でした。
14系寝台車は密自連ボディーマウントカプラーのため、同仕様のカプラーを持つこちらの入線となりました。
スハフについては旧製品をボディマウント化した車両が1両あるのですが、今回そちらも入れ替え。
テールマークとサボの加工を済ませれば完了というお手軽工作。
・・・ではありますが、加工作業はいつになるやら・・・・。
南海電鉄高野線の終点、極楽橋から高野山への参詣客を運ぶ列車として「天空」がリニューアルされ「GRAN天空」として運行を開始しています。
いわばそのご先祖様ともいえる初代 特急こうや号 がマイクロエースから再販されます。
【南海20000系 特急こうや号 登場時 4両セット】
http://www.microace-arii.co.jp/release/pdf/A6882_6883.pdf
【南海20000系 特急こうや号 昇圧後 4両セット】
http://www.microace-arii.co.jp/release/pdf/A6882_6883.pdf
当然国鉄車輛ではありませんので 天鉄局 とは無縁ではありますが、入線される可能性が高いです・・・(汗