天鉄局NB運転区

国鉄天王寺鉄道管理局で活躍した車両の話題を中心に、鉄道模型(Nゲージ)とBトレインの話題なども記してゆきます。

モジュールレイアウトの規格(その1)

前回記事で、モジュールレイアウトの直線モジュールと曲線モジュールのサイズを決定しました。

 

 

レールの選択とボードのサイズは決まりましたが、問題はモジュールボードの素材をどうするかです。

昔ながらのベニヤ板を用いる方法も悪くはないのですが、安価な板を用いると反りがあったりします。反りや捻れはモジュールレイアウトの大敵です。

MDFは反りなど少ないですが、ベニヤ板に比べると重量がでます。

最近はスタイロフォームを用いたベースも多いようなので検討してみました。

 

で、色々と検討した結果、断熱材を用いることにしました。

ザ・スリムという断熱材の1mm厚を用いることにしました。

これだとスタイロフォームの様にカッターで切ることができます。そしてスタイロフォームよりも薄い。

寸法はホームセンターで600mm✕910mmというサイズが売っていたのでそれを基本に用いることにしました。

 

強度に不安があるので、プロトタイプとして囲み枠を木材でつくり、天板部分にザ・スリムを用いる方法を試してみたいと思います。

 

直線モジュールの線路はこちら。

KATOの複線線路の248mmを2本と124mmを1本。これで長さが620mmになります。T-Trackのダブルの長さということです。

直線モジュールにはフィーダーを入れるのがT-Trackの原則ですが、当方でも同様の規格としました。ただ62mmFを用いるとジョイントが増えるので、ターミナルユニジョイナーを採用することにしました。

フィーダー線はT-Trackに則り、青白白青となるように配線しています。

 

曲線モジュールについては前回考察の通り緩和曲線的要素を入れたいとして、複合コーナーのような線形配置としました。

 

通常の315-282の複線よりも半径が大きな414-381を基本としながら、アプローチは480-447としています。そしてモジュールの両端には62mmの直線を入れます。

この方法だと最後が直線なので隣のモジュールとの接続がきちっとできると思います。

 

これで直線・曲線それぞれのモジュールを1つづつ試作して様子を見たいと思います。

 

 

モジュールレイアウトの企画(規格)

鉄道模型と出会ったのは幼稚園か小学生の頃。

デパートのエスカレーターから見えるところにメルクリンの車両が走っているのを見たのが多分、最初の出会い。

 

 

それから数10年。
休眠時期もあったけど、今も車両が増備されています。

一方で線路は数年前にあらかた売却してしまい、今は複線線路で少し大き目のエンドレスがつくれる分量のみ。
敷設準備が面倒なのと、初期の頃とはことなりフル編成が主体となっていることから、年に数度走らせる時はレンタルレイアウトという状況。

 

そこで思いついたのがモジュールレイアウト。
レイアウトの作成は何度も夢見ながら、場所の問題や保管方法、思い描く線形など様々な条件から製作には至らず。
モジュールレイアウトも何度も夢想しながら、規格が決まらず妄想止まり。

 

しかし妄想すること数10年!
(大げさではなく、実際に10年は規格を考えてきた)
Tトラック規格をベースにようやく、我が鉄道のモジュール規格が決まりました。

 

直線モジュールは、Tトラックのダブルを基本とします。

ベースサイズは618mm✕300mm。
線路はユニトラックを基本として620mmを複線間隔33mmで敷設。

ベース手前端から38mmの位置に外側線のユニトラック道床が来る位置に決定。

直線モジュール

思案を重ねたのが曲線モジュール。

KATOの一般的な曲線規格は外側線がR315mm、内側線がR282mm。
しかしこの曲線は上から見るといかにも急すぎて、21m級の車両など車体中心付近ではレールが見えてしまう始末。

そこで曲線半径は大きく採ることにして試行錯誤の結果、複線カント付きレールを用いながら緩和曲線的な考慮もして、カーブの入り口は414mm/381mmのアプローチから、45°の曲線は480mm/447mmとユニトラックでは最も大きな半径の複線レールを採用することに決定。

この場合の曲線モジュールは557mm四方になりますが、基本的には角部分を落とすことにしました。

曲線モジュール

この線形を決め、ベースボードはスタイロフォームを採用しつつ、必要な箇所は木材を併用することに決定。

まずはそれぞれ1つづつプロトタイプを作成してみることにします。

 



ことでんの、ちょっと気になる車両更新計画

四国を走る私鉄、高松琴平電気鉄道、通称「ことでん」が車両更新をするようです。

 

同社の車両は現在、京浜急行電鉄京王電鉄名古屋市営地下鉄の3社から譲渡された車両が旅客運用に就いています。

 

同社では琴平線長尾線志度線の3路線を運行していますが、それぞれ18m級車両までしか入線できないため、譲渡元がかなり限られてきます。

 

和歌山でも南海電鉄から継承した和歌山電鐵では18m車両の入線が限界であり、現在活躍中の2271型の車齢が高くなってきているところから、ことでんの動向は気になるところです。

 

以下は以前に撮影したことでん車両たち

ことでん1200形(元京急1000形)

 

ことでん1100形(元京王5000系)

 

ことでん600形(元名古屋市営地下鉄250形)

 

 

KATO EF55

 

待ちに待っていたEF55が入線しました。

 

高崎第ニ機関区に保存されていた車両が整備され、

沼津機関区100周年の時に動態復活し、沼津で復活運転されました。

 

この時、どうしても見たいと思い、はるばる沼津まで写真を撮りに行ったのは遠い思い出です。

 

まだ試走はしてません。

12系や旧型客車を牽引させて試走します。

 

 

 

 

283系 オーシャンアロー

発表されて暫く経つのでご存じの方も多いでしょうが・・・

 

天鉄局には必須車両ですので、とりあえず6両編成1本の導入予約を。

9連、増結3連は検討中・・・。

 

これで、歴代「くろしお」の中で所属がないのは289系のみになりそう。

 

 

白浜直行便

ちょっと思うことがあって、古い時刻表をひっくり返しています。

 

といっても、古い時刻表を何冊か手元に持っているのでないのですが。。。

何しろ時刻表(勿論大判のもの)は随分と嵩張りますし、

諸事情により、ほとんど処分をしてしましまた(汗

 

代わりという訳ではないのですが、復刻電子版を数冊購入しておりまして

そちらを眺めているということで。

 

 

さてさて、前置きが長くなりましたが、

今回見ていたのは1980年10月号。

昭和55年10月ダイヤ改正号です。

 

紀勢本線の状況としては、昭和53年に新宮~和歌山の電化が完了し、

特急「くろしお」が東西で系統分離して、

名古屋~新宮・紀伊勝浦を「南紀」、

新宮・紀伊勝浦天王寺を「くろしお」として

運転されるようになった以降です。

そしてまだ東京~紀伊勝浦を結ぶ寝台特急紀伊」が

運転されていた、そんな時代です。

 

 

パラパラとめくっていて、何に驚いたかと言うと、この「くろしお」号。

くろしお9号

白浜始発の天王寺行(当時は紀勢本線阪和線の全ての列車が天王寺止)ですが、

なんと途中停車駅は和歌山のみ。

ちなみに、上り列車でも同様の列車があります。

こっちのほうが見やすいかも知れませんね。

くろしお6号

現在では、日根野・和歌山・海南・御坊・紀伊田辺を通過する列車はありません。

また、当時も他の「くろしお」は御坊、紀伊田辺は全て停車していますが、

この6号9号だけは天王寺~和歌山~白浜のみの停車駅です。

 

列車番号も6000番台、8000番台ではないですから歴とした定期列車。

こんな列車が走っていたとはちょっとした驚きです。

 

♪ ねぇムーミン

まさか、これが KATO から出るとは!

私が鉄道写真の世界に入り始めた頃に、高崎第二機関区で転がっていた EF55 が動態復活を遂げて、古巣の沼津機関区に帰ってくるという出来事がありました。

沼津機関区100周年イベントの目玉事業だったと思います。

この時、沼津に初めての遠征で撮影に出かけて撮ってきた想い出の車両です。

これは、天鉄局とは無縁な車両とは言え、個人的には購入必至の車両です。